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私の中のワタシを忘れるために

錠剤は一粒ずつしか飲み込めない人が書くブログ。

自由と責任の話

仕事柄、お悩み相談を受けることが多いのだけど、最近……というか、以前からずっと思うことだが、自分の人生に無責任な人が多いなぁと。

 

まず「責任」とは何か?を確かめておくと、

何かに対して応答すること、応答する状態を意味しており、

ある人の行為が本人が自由に選べる状態であり、これから起きるであろう

ことあるいはすでに起きたことの原因が行為者にあると考えられた場合に、そのある人は、その行為自体や行為の結果に関して、法的または道徳的な責任がある、とされる。何かが起きた時、それに対して応答、対処する義務のこと。(wikipediaより)

「ある人の行為が本人が自由に選べる状態であり」、というのが、一般的に皆さんが手の届かないものとして崇めている「自由」ですね。

そして、多くの人がこの「責任」から逃れたいために「自由」を選ばないようですね。

この話をする時に注意しておきたいのが、

人それぞれの解釈のレベルによって、「責任」と「自由」の意味合いが変わってくるということ。よく「自由と責任はセット」と聞きますが、セットというよりも対価と考えた方が分かりやすいかもしれませんね。

 

私が思うに、

「自由」な選択肢を選び取れない人は、自分が負うべき責任と他者が負うべき責任の線引きができていない人が多いです。そして自分が負わなくていい責任を進んで引き受けて、負担が重くなって、ぐちぐち文句ばかり言う人が多いように思います。

例えば崩壊している夫婦関係があったとして、お互い仮面でしか繋がっていないのになかなか離婚しようとしない場合。

主従関係が成り立っており、「支配する、支配される」の役割を上手に演じているケースがたくさんあります。

このようなケースからの学びとしては、お互いに自分自身が得たいものはその関係からは得られないこと、まずは自分で自分を満たすように「自立」し、その上で相手(または周囲に)エネルギーを与えること、を体感を持って知る必要があるでしょう。

自分が相手に何かをしてあげる時、義務感からではなく、心からできる範囲を知り、

 「これ以上はできません。」としっかりと線引きする必要があります。これは夫婦関係だけでなく、職場やお客様との関係など、どのような関係においても言えることだと思います。

もちろん、親子だってそうです。

親だからといって子供の自由を奪う権利はありません。

子供に自分で選ばせ、その選んだことに対して自分で責任を取らせることを教えないから、「自分で何を選んでいいかわからない」という人が多いんだと思います。

 

私の周りには「自由」な人が割といます。

彼らは結婚していたり、同棲していたり、ひとりだったりしますが、そういった外側の枠はほぼ関係なく、例えば結婚している人は「結婚することによって増えた、すること&考えるべきこと」を、それまでの「自由」に付け加えたような雰囲気が感じられます。それまでの自立した自分ありきの、そういったものです。

そんな感じなので彼らを見ていると、お互いを窮屈に縛るわけでもなく、反対に相手の「自由」を尊重しながら、お互いの共有する部分も大切にしている雰囲気が伝わってきます。

それができるのは、やはりまずは自分が「自立(自律)」することが先なんだろうなぁ、と思います。

 

自分を大事にできないと、他者を大事になんかできませんからね。