罪悪感があるんでしょ?しってるよ。
棚ボタ的なラッキーを素直に喜べない人がいた。過剰に「私なんかがこんな上等なものを使えるなんて」と、ラッキーな出来事に恐れを抱いているようだった。
以前、友人が「かわいいねって言われるとなんて言って返していいかわからなくなる。」と言っていた。だから私は友人に、「なんで?素直にありがとうございます♡てゆっとけばいいじゃん。」と言った。そしたら「そっか。」と納得していた。それから後日、友人は「ありがとうが言えるようになった」と嬉しそうに言っていた。
誰かのことが浮かんで、「あ、これはあの人にあげよう。」と純粋に考えてあげたものを、「私には見合わない(価値がない)から」と遠慮したり、貰ってすぐお返しをすることを考えているのは、本当の意味で受け取っていないし差し出した相手を傷つけていることになる。
それはモノでも言葉でも同じことがいえる。
何かをもらったなら、「差し出してくれた行為」に対しての「ありがとう」がそこに在る。その次に、そのモノに対して自分がどうするかを決めればいい。
私は仕事柄よく差し入れをいただく。
人は自分がいいと思ったものを人にあげてしまう。
お互いの関わり方が密なら「あの人はこれが好きだったな」とか「あの人いつもこんな感じの雰囲気だよね」といったように『いつも』を感じ取る割合が多いのだが、私とお客様の関わり方というのは様々で、2,3ヶ月に一回のお客様でおばあちゃん世代となると、もちろんSNSもしてないから私のことなんかは「2,3ヶ月に2時間程度会う」くらいの情報でしかない。
すると、おばあちゃんは私が何を好きなのか知る由もなく、知ったとしても忘れるため、私がお菓子の中で一番食べれない砂糖菓子(ほら、おばあちゃんちには必ずあるでしょ。)などもいただく。
もちろん「ありがとうございます」と受け取る。これ美味しいですよね、とか、好きなんです、とか、嘘は絶対言わない。
だけど、私は食べれない。だから、コレを好きな人にあげる。その方がみんなが嬉しい。
もし突っ込んで聞かれたら?
その時は素直に言う。
「ごめんなさい、実は私コレ苦手なんです。」
「でも、母が好きなので頂いてもいいですか?」と、母のとこだけ少し嘘をつく。
映画にもなったけど、「MARS」っていう漫画で零(れい)が子供時代以来に久々会ったおばちゃんに「弟さんも元気にしてるの?」と聞かれたときに「はい、元気ですよ」とウソをついた(本当は亡くなっている)。
そのとき零がこう言う。
「もうこの先いつ会うかもわからない人に、本当のこと言って哀しませる必要はない」と。
(正確には覚えてないけどこんなニュアンス)
この零の、冷たくみえて裏を返せば優しさがとても印象にのこっている。
なぜそう言うのか?
おそらくそれは、「言われて傷ついた経験があるから」だろうと私はおもう。
このときの零の〝嘘〟には共感できるけど、オトコの人の言う(思ってる)「優しい嘘」って、ぜんっぜん、優しくないよね。って、不倫してた時にいつも思ってたなぁ。