場末のスナックに溢れ出る尾崎と文房具
こんばんは。最近久々連絡をくれた友人らが口を揃えて「やっぱ変やね」と言ってくれるので、「ありがとうございます」としか言いようがなく、せめて「やっぱ好っきゃねん」くらい言ってほしいなーと密かに思う、マスミです。
「ここの団地にね、ちょっと頭のおかしくて精神病院に入院したりする男の人がいるから、あんたひとりなら気をつけときなさいよ。こないだ包丁振り回して警察来たから。」と。
「そうなんですね、わかりました。」
と云ったものの、私はその人の人物像が今しがた仕入れた「頭のおかしくて精神病院に入院したり包丁振り回したりする男」しか分からず、背丈がどうとか、歳はいくつくらいとかを聞いてなかったので、どうにもこうにも気をつけようがなかった。
そんな話も忘れた頃、あるとき突然ガチャっと予約なしで一人のオジサンが入ってきた。
髪はボサボサ、しなしなのシャツにポケットが沢山付いたベストを羽織り、足元は下駄、手には古びたカセットテープのラジオを持ち、そこから尾崎豊が「あらーびゅ〜〜」と唄っていたような記憶がある。
その瞬間、「この人だ!」と反射的に思ってドキドキしてしまったが、そのオジサンはラジオで私に殴りかかるわけでもなく、普通に「頭を剃ってほしい」と注文してきた。
あいにくウチは床屋ではないので、剃ることは出来ないがバリカンなら出来ますと云うと、ならそれで。といった感じで、ごく普通の髪を切りにきた客と店員の空間が流れていった。
一通り仕上げお会計を済ませると、オジサンは「薬を飲まなきゃいけないから水をくれ」と言いだしたので、いいですよ、と云いながら水を入れた。だが、薬がなかなか出てこない。
何故なら、オジサンは「歩く文房具箱」のように、羽織っていたベストのすべてのポケットに鉛筆やらボールペンやら紙やらカードやらを、ポケットが破けそうなくらいにパンパンに入れていたため、おそらくその中に入れたであろう薬が何処にいったか分からなくなっていた。
ようやく薬を見つけ飲み終わったので、帰るかな〜と思っていた……というか、帰ってほしかったのだが、歩く文房具箱オジサンはそのまま居座り、次はタバコを一本吸わせて。と言いだした。
その間ももちろん、尾崎は唄っている。
オジサンはタバコに火をつけると、尾崎について熱く語り出したが、それに比例するように私の意識は冷えていったのは言うまでもない。
「オジサンが帰らないのなら、私が帰りたい」と強く願ったが、尾崎は気持ちよく唄っていてとてもじゃないが帰してくれそうにないし、そこはもはや美容室ではなく場末のスナックになっていた。
話によると文房具箱オジサンは60代。タバコをふかしながら、なんとかちゃんとの恋話を話してくれたり、なんとかちゃんに手紙を書いたが返事がなかったとか、最近までオナニーしてたとか、コンビニで万引きしてる男をつまみ出したら殴られたとか、「いいなぁ〜!ここ、いいなぁ〜!」とわたしの店を褒めてくれたりして、また来るね!と云いながら店を出た。
わたしは思った。
まぁ。たしかに変な人だなと思ったけど、とてもピュアでストレートだったなぁ、と。
私からみた変な人と呼ばれる人は、たいてい自分がなにを言ったりなにをしたり、なにが好きでなにを良しとしているか、などを、他人と比べるワケでもなく気にしてない人なのかなぁ、と考えた。
その人の本質って、その人自身も忘れてしまったときに出るんだろうな、と。
後日、休みの日にその文房具箱オジサンから電話があり、留守電にこう残されていた。
「あー、〇〇です〜。ちょっとまた精神病院に入院したから、行けなくなりました〜。スンマセーン。ガチャ。……」